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福岡高等裁判所 平成9年(ネ)805号 判決 1998年5月19日

控訴人

A

右訴訟代理人弁護士

澤田保夫

被控訴人

筑前あさくら農業協同組合

右代表者代表理事

井上義仁

右訴訟代理人弁護士

石丸拓之

松坂徹也

塩田裕美子

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する平成七年九月七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

当事者の主張は、原判決の事実摘示(三頁七行目から八頁末行までに記載)のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決六頁一〇行目「D」を「D」と、八頁一行目「農業共同組合」を「農業協同組合」とそれぞれ訂正する。

第三  証拠

証拠関係は、原審及び当審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当裁判所も、控訴人の本件請求はいずれも理由がないから、これを棄却すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の理由説示(九頁五行目から二六頁四行目までに記載)のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決九頁六行目の甲号証の表示の「二、」の次に「三、」を、「一七、」の次に「二〇、」を、八行目の「井上義勇、」の次に「当審証人D、」を、八行目の「原告本人」の次に「(原審及び当審)」をそれぞれ加える。

2  同一二頁九行目の「作成させ」を「作成(以下、これらの印章を「偽造印」という。)させ」と改める。

3  同一五頁八行目から一七頁二行目までを次のとおり改める。

「10 栗原は、平成七年六月一一日ころ、Bとともに、福岡から上京し、埼玉県草加市所在の就起会の事務所を訪れた(なお、就起会は、D所有の建物内にあり、Dが主宰する宗教団体であるが、宗教法人の登記はされておらず、また、Dは、土木建築業を営む株式会社都建設の代表者である一方、暴力団住吉会住吉一家伊勢野会会長の地位にある。)。栗原は、右事務所でCと会い、同人に栗原振出の手形の割引による融資の依頼をしたところ、Cもこれを内諾した。そこで、栗原は、Bに融資のための事後の処理を委ねるとともに、本件手形(甲一の1、2)を含む白地の約束手形四枚及び栗原の記名印と実印を預けて、福岡に戻った。Bは、栗原の記名印と実印及び偽造に係る被控訴人の記名印と代表理事印を利用して完成させた本件手形を含む約束手形四通(額面五〇〇〇万円、一億円、一億五〇〇〇万円及び二億円)の裏面に、第一裏書人として白地式裏書の署名捺印をして、Cにこれらを渡した。なお、本件手形には栗原の記名印と実印のほか、偽造に係る被控訴人の記名印と代表理事印が押捺されているが、これは当初から余分に作成されていた偽造印又は前記偽造印の廃棄後に再び作成された偽造印が使用されたものと推測される。

その後、本件手形は、Cが第二裏書人として白地式裏書をして、Dに交付された。そして、本件手形の移転に伴い、被控訴人の理事会議事録(甲五)及び総代会資料(乙一二)の各写し等も順次交付された。

(原審証人Bの証言及び別件訴訟での同証人の証人調書である乙第一四号証中には、栗原が同人及び被控訴人各作成部分につき自ら作成した本件手形を含む四枚の手形を、就起会の事務所でCに渡したとの部分があるが、右は、これと反対趣旨の甲第一一号証(別件訴訟における栗原の本人調書)及び原審証人栗原の証言に照らして、直ちに採用することができない。)」

4  同二一頁二行目を「主位的請求原因(一)の事実は、控訴人が本件手形を証拠(甲一の1、2)として提出したことから、これを認めることができる。」と改める。

5  同二一頁四行目から二二頁四行目までを次のとおり改める。

「 前記一認定の事実によれば、本件手形には、被控訴人と代表理事印の各偽造印が押捺されており、栗原が自らこれを押捺したものではないことが明らかであるところ、原審証人栗原の証言中には、Bが栗原に無断で本件手形の振出及び保証行為をした旨の部分がある。しかしながら、栗原は、当時金策に窮していて、個人では借入ができない状況にあり、Bを介して融資先を探していたこと、そのため、栗原は、Bに対しその振出に係る手形だけでなく、正規の手続によらない被控訴人の融資可能証明書や印鑑証明書をも交付していること、栗原は、被控訴人との共同振出の手形の決済をしていること、加えて、自己の記名印と実印をBに預け、かつ、本件手形と同一の機会に作成された額面一億五〇〇〇万円及び二億円の約束手形二通について後に振出を認める書面を作成していること等の諸事情を合わせ考慮すると、栗原は、Bが被控訴人の記名印と代表理事印を偽造し、これを本件手形に押捺することを容認していたものと認めるのが相当である。

ところで、手形行為は被控訴人の目的の範囲内の行為であり、被控訴人の代表理事は、被控訴人の代表機関として手形行為をする権限を有するものと解されるから、代表理事による手形行為は、代表理事が自己の利益を図るために、しかも、勝手に作成した被控訴人の記名印と代表理事印を使用してした場合であっても、特段の事情がない限り、対外的には有効であるというべきである。

これを本件についてみるに、本件手形行為当時、栗原は、被控訴人の代表理事の地位にあったものであり、自己の債務の返済資金を得るため、Bに融資の協力を求め、同人が被控訴人の印鑑証明書を基に記名印及び代表者印を偽造し、これを使用して本件手形行為をすることを容認したのであるから、本件手形行為は、特段の事情がない限り、被控訴人の手形行為として有効であるというべきである。」

6  同二三頁三行目から二五頁五行目までを次のとおり改める。

「前記一認定の事実に基づき考察するに、まず、本件手形の受取人であるBが栗原の権限濫用の事実を知っていたことは明らかである。

次に、その後の取得者であるC及びDの悪意の有無について検討するに、C作成の陳述書(甲三)中には、平成七年六月一一日に栗原から割引を依頼された本件手形を後に約束どおり割引し、その金員がBに渡され、同人から栗原の口座に振り込まれた旨の記載があり、また、当審証人Dの証言中には、Cから頼まれて平成七年六月一一日夜控訴人に連絡し、翌日午後本件手形を交付して控訴人から四八〇〇万円を受け取ってCに渡したとの部分がある。しかしながら、本件手形(甲一の1)は、被控訴人の代表者である栗原個人の振出につき同人が代表理事として被控訴人において保証する旨の記載内容になっており、農業協同組合である被控訴人が関与する手形としては異例であって、それ自体不自然なものであり、また、本件手形とともに渡された被控訴人の理事会議事録(甲五)にしても、理事二名により理事会が開かれ(ちなみに、農業協同組合法三〇条二項によると、理事の定数は五名以上とされており、乙第一二号証によると、被控訴人の理事数は当時五〇名を超えたことが認められる。)、理事長個人振出の手形に被控訴人が連記する形で被控訴人の運用資金の調達を図ることを承諾するという内容のものである上、手形金額が五億円と巨額であり、しかも被控訴人の住所が「甘木」なのに「甘水」と表示されているなど不自然さを増幅させる体裁、内容のものであること、右のような不自然な内容の本件手形を取得するに際して、C及びDはいずれも被控訴人に対し手形保証について特段の調査、確認を行った形跡が窺えない(甲三、二〇、当審証人Dの証言)のみならず、栗原に対して割引金が交付されたと認めるに足りる証拠はなく、Bが後に本件手形をCにパクられたとして告訴しようとした経緯もあること、本件手形は、栗原が融資を依頼して、Dの就起会事務所でCに渡されたものであるが、Cは、暴力団に関係しており、Dは、暴力団住吉会住吉一家伊勢野会会長の地位にあること、後記のとおり控訴人からDに四八〇〇万円が交付されたかどうかについても客観的資料がなく疑わしいこと、その他本件手形の流通経緯等を合わせ考慮すると、C及びDにおいて、栗原の権限濫用の事実をいずれも知って本件手形を取得したものと推認するのが相当である。

進んで、控訴人の悪意の有無につき検討するに、控訴人は、原審及び当審において、平成七年六月一一日夜Dから連絡があり、翌日午後Dに対し本件手形を担保として四八〇〇万円を貸し渡した旨供述する。しかしながら、前記のとおり、本件手形は、栗原個人の振出手形に同人が被控訴人の代表理事として保証したもので、農業協同組合である被控訴人が関与する手形としては異例かつ不自然なものであり、また、これとともに控訴人に渡された被控訴人の理事会議事録も前記のような体裁、内容のものであり、控訴人の善意を裏付ける証拠とは到底なり得ない。そして、控訴人は、運送会社を営む傍ら、潜りの金融業を営んでおり、手形取引に精通しているとみられるのに、右のような不自然な内容の本件手形を取得するに際し、被控訴人らに手形保証や入手経路について何らの調査もしていない。このような状況の下に、高額の貸付の担保として本件手形のみを取得した(原審及び当審における控訴人の供述)というのは、不可解というほかない。それに、控訴人がDに四八〇〇万円を交付したことを裏付ける客観的資料が存在しないことに加えて、控訴人は、Cとは面識があり、また、Dとは古い付き合いがある間柄にあって、同人が暴力団住吉会住吉一家伊勢野会会長の地位にあることも熟知していたのである。このような諸事情に照らすと、控訴人は、栗原の権限濫用の事実を知って本件手形を取得したものと推認するのが相当である。」

7  同二五頁九行目から二六頁二行目までを次のとおり改める。

「 敍上のとおり、栗原は、被控訴人の代表理事としての職務を行うについてその権限を濫用して本件手形を流通においたのであるから、被控訴人は、民法四四条一項に則り、栗原の行為によって被害者が被った損害を賠償すべき責任があることになるが、しかし、一般に被用者の取引行為が被用者の職務権限内において適法に行われたものではなく、かつ、その相手方が右の事情を知り又は少なくとも重大な過失によりこれを知らないものであるときは、その相手方である被害者は、民法七一五条により使用者に対してその取引行為に基づく損害の賠償を請求することができないものと解され(最高裁昭和四二年一一月二日判決・民集二一巻九号二二七八頁参照)、その理は、民法四四条一項による不法行為責任についても同様に適用されるものと解される(最高裁昭和五〇年七月一四日判決・民集二九巻六号一〇一二頁参照)。しかるところ、栗原の権限濫用行為につき、B以下控訴人までの本件手形の関係者全員が悪意であったことは、前記認定のとおりである。」

二  よって、控訴人の本件請求を棄却した原判決は正当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小長光馨一 裁判官小山邦和 裁判官石川恭司)

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